好きな服を着るということ

簡単なご挨拶

こんにちは、初めまして。

このたびWe Are Human Tooのコラムに参加させていただくことになりました、東京の大学に通う大学四年生、22歳のレズビアンです。大変な世の中ですが、皆様元気にお過ごしでしょうか?残念なことに、私はもう一年以上、二丁目やイベントにはいけていません・・・。一刻も早く皆が安心して暮らしていける日常が戻ることを願う毎日です。


自分らしさについて

挨拶はこのくらいで、早速本題に入っていきます。

まずは概念的で抽象的な話から。

私が思う自分らしさとは、私を構成している全てのものを指していると思います。

性自認や性的指向だけに限らず、育ってきた環境や家族、友達、世間、経歴、様々なものに影響を受けた先に、今の自分らしさが出来上がっているのです。

だからこそ、私の思う自分らしさは、変わりゆく、流動的なもののように感じます。

「昔の私はこういうところが自分らしいと感じていた、けれどこのような経験を経て今の私はこのことこそが自分らしさであると感じる、しかしそれもまた変化しうるものであることも知っている」・・・。私の思う自分らしさとはこういったイメージです。


わかりにくいですね(笑)ここから具体的に話します。

今でこそ少しずつLGBTQ等様々なマイノリティーの存在は知られるようになってきましたが、私が育ってきた時代は、まさにこれらのことが「徐々に知られてきた時代」でした。そのような時代を生きてきて、世間の目や環境の変化に合わせて、少しずつ自分らしさを解放しやすくなり、自分自身の見方もまた、変わっていったように感じるのです。

今の私は、自分らしさを表現するときにおいて最も重要なことは、その自分らしさが「自分の好きな自分である象徴」となることだと考えています。





自分らしさとファッション

「自分の好きな自分」でいるためには、今の自分をより正確に理解し、自分で自分を受容する、ということが必要不可欠です。

私は自分の身体の性と心の性は一致していると認識しています。そのため、ファッション自体で自分を表現する重要度は、他の方々等と比べるとそこまで高くないように感じます。そのような観点からファッションの重要性について考えると、セクシャルマイノリティーという枠組み内において、レズビアンという性的指向を持っていても性自認と身体に不一致がない私は、性自認と身体が一致していてかつストレートの方々とほとんど変わりはないかもしれません。それでも私は、自分のファッションの中に、自身の性的指向に関する訴えのような自己表現が存在しているように感じます。

ファッションには、「自分を表現する」という自己表現以外にも、「自分の好きなものを身につける」ことによって気分を高揚させる、「他人から評価の高いものを身につける」ことにより社会的評価を得る、「みんなと同じものを身につける」ことにより連帯感を生み出す等、セクシャリティーに関わらず